大塩平八郎の乱の裏側を描いたフィクション小説。北方謙三『杖下に死す』

こんにちは。山内健輔です。

北方謙三作品は、人との絆や反体制運動をテーマにした作品が多いですよね。

今回紹介する『杖下に死す』という作品は、まさにそれがテーマ。
江戸時代の天保の大飢饉(1836年)で民衆が米不足であえいでいる時期の話。

民衆が飢餓に陥るなか、商人たちは米を買い占め、幕府は江戸へ米を廻送させます。
そこで立ち上がったのが、元大坂町奉行の大塩平八郎

飢えた民を救うため、私塾の蔵書をすべて売り払い、その金で施米を行いながら、窮状を幕府に訴えますが、黙殺されます。

『杖下に死す』の主人公は、元勘定奉行で江戸幕府の御庭番も務める村垣家の落胤
物語は主人公と大塩平八郎の息子・格之助の出会いから始まります。

ハードボイルド剣豪小説青春群像劇レボリューション精神・・・・・・いろんな要素が混じり合って感動のエンターテイメント小説です。

史実を知りたい人にはおすすめできませんが、深い感動を味わいたい時代小説ファンにはぜひおすすめしたい作品。
今回もネタバレなしで紹介します。

『杖下に死す』北方謙三
2006年9月(文春文庫)

大塩平八郎の乱の裏側を描いたフィクション小説。北方謙三『杖下に死す』

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剣豪小説でもあり、青春小説でもある時代小説

こんな人におすすめ!
剣豪小説が読みたい
ハードボイルドと時代小説の融合が読みたい
北方謙三ファン
江戸時代後期の歴史に興味がある

江戸時代の後期に起きた「天保の大飢饉」を背景にした物語です。
当時の大坂は、多くの藩の蔵屋敷があり、商業も盛んな場所。

江戸幕府で要職を努めていた村垣定行の妾腹として生まれた主人公・光武利之は、大坂の町奉行所に滞在することになります。

大坂の町で多くの人物に会い、民、商人、政治の現状を感じながら間近で「大塩平八郎の乱」に関係していきます。

ハードボイルド小説で有名な北方謙三さん。今回の『杖下に死す』もその特徴は変わらずに読者を魅了してくれます。
剣豪小説でもあり、推理小説でもあり、架空の時代小説でもある作品です。

もともと北方作品が好きな人はもちろん、時代小説ファンも唸らせるような奥深いストーリーで、最初から最後まで楽しめますよ。

どんな小説?

大坂に大事あり! 大塩平八郎、起つ
大坂の貧民救済に立ち上がる大塩父子と、それを助ける光武利之。剣豪小説としての魅力も豊かに幕末前夜を活写した会心の歴史小説

文藝春秋BOOKS『杖下に死す』紹介ページより引用

 

ストーリーの背景は、

  • 天保の大飢饉」に苦しむ民。
  • 救民を旗印に立ち上げる私塾「洗心洞」の主・大塩父子。
  • 権力闘争に勤しむ幕閣
  • 米の買い占めと出し渋る商人。
  • 利権を狙う薩摩藩

さまざまな立場で自分たちの利益を守ろうとする複雑な情勢の江戸時代後期の大坂が舞台です。

「大塩平八郎の乱」を描いている小説ですが、大塩平八郎は脇役のひとり。
主人公は全く別の人物で、近くでそこに至る過程をみている観察者という立場。

なので、大塩平八郎のことを知りたい、「大塩平八郎の乱」を読みたい、という人には向かないかもしれません。
あくまで『杖下に死す』のストーリーは「大塩平八郎の乱」を背景にした作品なだけです。

とはいえ、私も大塩平八郎は名前だけは聞いたことがあるぐらいで、何をした人物かはさっぱりでした。

この『杖下に死す』を読んだことで、その時代背景に興味をもつきっかけになりました。

冷静だが熱い心をもった主人公

いちばんのみどころは、主人公の利之とマジメ一筋の大塩格之助(平八郎の息子)の友情
お互いが自分にないものを認め合い、助け合う姿が物語の核でもあります。

また、主人公や格之助を取り巻く人物たちの存在も欠かせない物語の要素です。

  • 下足番酒場の親父とのやりとり
  • 料亭の女将との愛情
  • 内山彦五郎(のちに近藤勇に暗殺される)との奇妙な協力関係
  • 蝦夷の先まで探検した間宮林蔵(村垣の指示で御庭番をしていた男)

途中、人間関係がややこしくなりますが、主人公を助ける者たちは、みなひと癖ある人物。
関連小説を読んでいる人は、「お、この人物がでてくるのか~」っていう楽しみもありますよ。

常に冷静に振る舞う主人公ですが、熱い心で格之助を見守る姿が胸を打ちます。
また、剣豪小説だけ合って、息のつまる戦闘シーンもみどころのひとつですよ。

友情の在り方を考えさせる作品

自分たちの理想を純粋に、生真面目に追いかける大塩父子。
村垣家の跡目を弟に譲り、世を拗ねた主人公がその不器用すぎる生き方に心を惹かれる。

世間では一目置かれる名声のある親をもつ利之と格之助。
陰で助けるのか、一緒に戦うのか、好きなようにさせるのか、体を張ってでも止めるのか。

友情の在り方を自分に問われているように感じられる作品でした。
その葛藤の描き方が魅力的で、かっこよすぎます。

また、中心となる人物だけでなく、主人公の周囲を支える脇役たちにも、「粋」(いき)を感じるんです。
北方作品は、どんな立場にある、どんな職業の人物でもかっこよく描かれているのが、主人公以外の脇役にもファンがつく要因でしょう。

最後に。

『杖下に死す』は、歴史を知る本というよりも、エンターテイメント小説です。
ただし、登場する人物たちが「謎」だったり、かっこいい存在だったりすると、やっぱり気になりますよね。

そんな風に自分の興味の幅が広がるのが歴史時代小説のいいところ。

実はこの本に出てくる間宮林蔵。
蝦夷地を自力で踏査した人物として有名ですが、北方作品に『林蔵の貌』(りんぞうのかお)があります。

『杖下に死す』と同時代の物語で、こちらもかなりおすすめの作品です。
一緒に読むと、より深く物語が楽しくなりますよ。

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さらに、『杖下に死す』の続編ともいえる作品があります。

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こちらは、主人公・光武利之のその後を描いた物語。
続けて一気読みしたい作品ですよ。

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