武士を捨てた料理人の余生は波乱に満ちる!北方謙三『独り群せず』

こんにちは。山内健輔です。

作家の北方謙三さんは江戸後期~幕末時代の小説をいくつか書いています。
それらの作品に登場する人物たちは、それぞれの作品で関わり合いをもっていて、独自の北方謙三幕末ワールドをもっています。

今回紹介する小説は、「大塩平八郎の乱」から20数年後、幕末期の大坂が舞台の小説。

「大塩平八郎の乱」を間近で見ていた主人公である光武利之と大坂西町奉行所の与力・内山彦次郎の物語です。
大塩平八郎の息子、格之助と深い関わりの合った二人の「その後」を描く小説。

当時のストーリーは『杖下に死す』という作品があります。
今回紹介するのはその続編。

『独り群せず』 北方謙三 著
2010年7月(文春文庫)

今回も味わい深く、なんともいえない読後感を残す作品です。
ネタバレなしで紹介していきましょう。

武士を捨てた料理人の余生は波乱に満ちる!北方謙三『独り群せず』

※ご注意
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『杖下に死す』の続編!

こんな人におすすめ!
料理人を目指す人
釣り好き
ハードボイルドな時代小説が読みたい
北方時代小説ファン
剣豪小説が好き

単独でも楽しめる作品です。
ただし、前作『杖下に死す』を読んでおくと、心情描写をより深く理解できます。

登場人物の心理をうまく表現している作品なので、『杖下に死す』を読んでからのほうが、わかりやすく楽しめるかもしれません。(私は『杖下に死す』を先に読みました)

物語は「大塩平八郎の乱」で友・大塩格之助を亡くした主人公・光武利之が料理人になっているところから始まります。
舞台は幕末の商人の町・大坂

最愛の妻、お勢を亡くしたあと、隠居して平穏な余生を暮らすために建てた「三願別荘」という料理屋で暮らし始めた利之。

幕末の潮流は、三願別荘とそれに関わる人物たちを巻き込んでいきます。

料理・釣り・剣・友・男・・・・・・

そんな北方謙三エッセンスがたっぷり詰まったストーリーです。

幕末の大坂を舞台にした友情を描く

大塩の乱から20余年。幕末の大坂に暗雲せまる

剣を揮う手を庖丁にかえ、既に「三願」からも隠居を決め込んだ利之だが、乱世の相は商都にも。舟橋聖一文学賞受賞。『杖下に死す』続篇

『独り群せず』の特徴は、

  • 江戸幕末期の大坂が舞台
  • 武士を捨てた元・剣豪が主人公
  • 料理釣りの記述が豊富
  • 一文が短く理解しやすい文章
  • ハードボイルド要素多数
  • 友情と男の生き方
  • 江戸後期を描く他の北方作品と関連
  • 『杖下に死す』の続編

友と妻を失って、老いを感じる主人公・光武利之。
孫の成長が生きがいの平穏な余生を暮らすはずが、幕末の潮流が商人の町・大坂にも迫ってきます。

小気味いい文章とスピード感のある展開、行き詰まる立ち合いシーン。
何気ない日常や料理との向き合い方、魚とのやりとり。

読み応えはバッチリでありながらも、読み終わりたくないような、ずっと登場人物たちの行く末を見ていたいような気分に捺せられる作品です。

そんな中で登場人物たちがどう動くのか、予想できない展開が病みつきになりそうですよ。

平穏を望んだ主人公。仲間に火の粉が降りかかるとき!

「大塩平八郎の乱」のあと、当時を知る生き残った者たちが生きる姿を活き活きと描かれます。

かつては剣を糧に生きてきた利之は、友を失ったあと、武士を捨てて料理人として生き、後進を育てる平穏な日々。

そこに襲いかかる幕末という時代の波。
平穏を望む利之とその仲間たち。

20数年前の大塩平八郎の乱では、友である大塩格之助の行動を陰ながら助け、「やりたいようにやらせる」ことを選んだ利之。

今回は時代に飲み込まれる仲間に対して「どのように振る舞うのか」がみどころです。

北方ワールドでは、平穏無事のまま終わることなんてないよな~と思いながら、どういう展開になるのかワクワクしながら読み進められますよ。

幕末の材料を使った極上の料理のようなエンターテイメント小説

幕末時代の特殊な流れ、江戸時代の大坂という特別な土地柄など、史実と架空を巧妙に使いながら、男どうしの友情、業の伝承、人情といった言葉にしにくいものを絶妙に表現していく。

まさに、いろんな材料を使ってさまざまな味を作り上げる。

まるで極上の料理のような小説です。

美味しい料理は食べ終わりたくないのと同じように、この『独り群せず』も読み終えたくない気持ちで読んでしまいました。

人とのつながりを拒んでいるようにみえる主人公・利之。
読んでみると、いちばん情が深いのが利之なんじゃないかと思えてきます。

前編『杖下に死す』とともに読むことで、彼の心情が心に染みるように感じられる小説です。

『杖下に死す』の紹介記事

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最後に。

江戸後期を舞台にした作品群のなかで、共通して登場する人物たち。
それぞれの立ち位置や性格、言動を対比して読むのもおもしろいです。

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それぞれ単独で読める作品になっています。
『杖下に死す』『独り群せず』を気に入った人なら、絶対ハマりますよ!

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