北方謙三『草莽枯れ行く』幕末に生きた漢たち、それぞれの生き方。

こんにちは。山内健輔です。

いくつもの幕末小説を読んできましたが、多くが歴史を忠実に再現しようとしながらも、物語性をもたせようとするものが多かったように感じます。

ですが、今回、紹介する小説は、忠実に歴史の流れを追っていくというよりも、その時代に生きた人物たちそれぞれの生き方を描いている物語

北方謙三の『草莽枯れ行く』

「草莽の志士」というと、どの藩にも属さずに活動する幕末の志士をイメージしますが、この本の主人公は清水の次郎長

幕末から明治にかけて活躍した静岡県の清水を縄張りとした侠客です。

小説のなかの次郎長は、厳しいながらも優しい、コミュ力高めで仲間思いの少年漫画にも出てきそうな人柄。

そんな次郎長が幕末に生きた人物たちの生き方を俯瞰的に眺めるストーリー。
どの人物たちも魅力的に描かれており、「ずっと読んでいたい」気持ちにさせられる小説です。

今回の記事では、『草莽枯れ行く』をもちろんネタバレなしで紹介していきましょう。

『草莽枯れ行く』北方謙三 著
1999年3月(集英社文庫)

北方謙三『草莽枯れ行く』幕末に生きた漢たち、それぞれの生き方。

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幕末ファンはたまらないオールスターが登場

こんな人におすすめ!
幕末時代のファン
北方謙三の時代小説が読みたい
赤報隊の相楽総三について読んでみたい
清水の次郎長の物語が読みたい!

物語の視点は清水の次郎長が中心ですが、草莽の志士といわれる後の赤報隊、隊長である相楽総三の生き様を描きます。

さらに、この小説の魅力的なところは、幕末時代のスーパースターはもちろん、光の当たらない場所で活躍した人物たちにもスポットを当てている点。

  • 西郷隆盛
  • 大久保利通
  • 小松帯刀
  • 中村半次郎
  • 勝海舟
  • 坂本龍馬
  • 板垣退助
  • 山岡鉄舟
  • 岩倉具視
  • 土方歳三
  • 沖田総司
  • 新門の辰五郎親分

これら歴史の表舞台に立った人物だけではなく、薩摩藩の益満休之助、伊牟田尚平といったなかなか注目を浴びることが少ない人物の生きざまも一緒に楽しむことができます。

しかも、その世界は幕末の北方ワールド。
おもしろくないわけがないですよね。

侠客、次郎長からみた幕末史

物語は、おもに相楽総三と清水の次郎長の視点で描かれています。
(時折、他の人物の視点に切り替わることもあり)

主眼は次郎長が中心で、交流のある人物との対話や行動を映すことによって複数の立ち位置からみた幕末維新を追っていきます。

特に注目したいのは、赤報隊の相楽総三、薩摩藩の益満休之助伊牟田尚平の人柄や生き様を中心にしているところ。

歴史の中心にいた人物ではないが、どんな役割をもっていたのかがうまく表現(北方流の解釈かもしれませんが)されているんです。
次郎長新門辰五郎の自分は控えながらも仲間思いの親分気質も魅力的

次郎長一家や赤報隊について興味を広げていくのもいいし、坂本龍馬や新選組のほうに興味を広げていく足がかりにもなりそうです。

作中の次郎長は、倒幕派にも佐幕派にも、博徒たちにも顔が利く存在です。
次郎長との交流を通して、複数の視点から幕末維新を多角的にみていく歴史物語にもなっているところが、小説をより深いストーリーにしているといえるでしょう。

懸命に生きた男たちの生きざま

北方作品で特徴的なのが、立場の違う者同士がお互いを認め合って育んでいく友情。
『草莽枯れ行く』でも同じように、登場人物たちが互いの絆を深めつつも、立場が違うばかりに違う道を進んでいく姿が描かれます。

みどころは、登場人物たちがみている相楽総三の生き方
立場は違えど、純粋に志を抱く相楽総三の姿をみて、誰もが影響を受けます。

多面的に「幕末」という時代の流れを追っていく小説であると同時に、いくつかの目からみた相楽総三の人生をストーリーにしている手法は、読み手を一気にその時代に引き込んでくれます。

もうひとつ、特徴的なのが登場人物のキャラクター設定が絶妙なところ。

  • 西郷や岩倉の狡猾さ
  • 勝海舟や坂本龍馬の夢
  • 土方歳三や新門辰五郎の漢
  • 相楽総三や次郎長の情
  • 益満や伊牟田の人間味
  • 中村半次郎・沖田総司・山岡鉄舟の剣

どれも巧妙に表現されていて、読んでいて全く飽きがこないのです。
すべてのおもな登場人物が魅力的に書かれているので、情報量はかなり多めですが、あっという間に読んでしまえるほどでした。

雑草でも花を咲かせられる!

小説での坂本龍馬の言葉。

草莽は枯れ行く。そしてまた新しい草莽が芽吹く。それを繰り返し、無数の草莽が大地を豊かにしていく。やがていつか、その大地から大木の芽が出ることもある。

草莽とは、雑草や草むらのこと。

どの大きな組織にも属さない倒幕の思想を持った民衆たちを例えて「草莽」と表すこともあります。
(語源は吉田松陰の「草莽崛起」そうもうくっき)

この小説で登場する人物たちは、京都政界に蔓延る怪物たちを相手に懸命に生きています。
草莽でありながらも花を開かせて、散っていき、また新しい草が芽吹く。
花は儚いものであるから美しいのかもしれません。

北方作品の時代小説では、ラストにあっと驚く仕掛けが施されることが多いです。
今回の小説でも思わずニヤリとしてしまうラストが用意されています。
ぜひぜひ最後まで読んでくださいね。

最後に

『草莽枯れ行く』は、同時代の土方歳三を主役にした『黒竜の棺』(こくりゅうのひつぎ)といっしょに読むとより一層楽しめます。

共通に登場する人物。
お互いの作品がアナザーストーリーのように展開されていって興味深く読むことができます。

刊行は『草莽枯れ行く』のほうが先ですが、どちらを先に読んでも大丈夫!

さらに!
北方謙三『林蔵の貌』(りんぞうのかお)は、『黒竜の棺』の下敷きのような作品。
できれば、全部いっしょに読んでおきたいです。
(全部読むと超大作になってしまうのですが)

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